気まぐれペダンティック

めっちゃ留年してる大学生のブログ

ゆゆ式原作を追わなくなったゆゆ式好きの話

 

ゆゆ式が好きだ。

 

縁ちゃんはかわいいし、3人の会話を通じて伝わってくる友情が愛おしいし、TLに流れてくるゆゆ式絵にはいいねを乱発するし、縁ちゃんはかわいいし、普段引きこもってばかりのくせに昨年12月に行われたゆゆ式展には朝一で並んだし、青空のつくりかたは神曲だし、縁ちゃんはかわいい三上小又先生の描く縁ちゃん以上に可愛いキャラクターを俺は知らない。

 

と、ザ・ゆゆ式ファンですみたいなツラしてる俺だけれど、実のところゆゆ式の原作はもうほぼ追ってない。

 

アニメ1期放送時から入ってゆゆ式の虜になり、BDbox、OVAを買い、並行して原作も楽しんできた。けれど、最近のゆゆ式原作は会話のハイコンテクスト具合があまりに極まりすぎているせいか、俺には難解すぎてスムーズに読めないし、面白いと思えなくなってしまった。

連載1回分の数ページをじっくり読むならまだしも、単行本1冊を読み通すのはもはや苦行である。まあ無理して読むのも違うしなあ、ということで単行本を買うのをやめてしまった。掲載誌であるきらら本誌も、他のお気に入りの連載作品が次々と終了したこともあり、現在は買っていない。漫画喫茶で見かけたときに読む程度である。

 

今後原作にふたたび興味が向くとすれば、3年生への進級や卒業を迎え、別れの時が近づいた3人にどのようなドラマが起きるのか……みたいなところだけど、それをゆゆ式に求めるのも違うかもしれないなあ、と思ったり。

 

最近はむしろ、ゆゆ式ファンの方々による二次創作の方により楽しませてもらっている。絵のみならず漫画の二次創作を見かける機会がこの一年くらいでかなり増えたのだけれど、原作よりも会話のハイコンテクスト具合が抑えられている傾向にあり(アニメ1期頃の水準を踏襲していることが多い気がする)、個人的にはこちらの方が面白いと感じている。

 

自分の中の二次創作と原作の優先順位が逆転してしまっていることもあり、ゆゆ式ファンを名乗るにはちょっといびつな状態であるなあ、と感じている。もっとも、◯◯のファンであるかどうかにこだわるなんていうのは、物事の楽しみ方としては間違っているだろう。アニメ・ゆゆ式は間違いなく俺にとって大切な作品だし、「原作は嫌いだけどアニメは好き!(またはその逆)」みたいなことは他の作品でも往々にして起きることだ。『ゆゆ式のアニメが好きで、原作も途中までは好きだったけど、最近はビミョー』それでいいではないか。これからも、ゆゆ式というコンテンツを応援しつつ、楽しめる部分を楽しんでいきたいと思う。

 

 

 

 

8月の振り返りと9月の目標

先月の頭に以下の記事で目標を立てたわけだけれど、一か月過ごしてみてどうだったのか、というはなし。

 

longsalt16g.hatenablog.jp

 目標は次のようなものだった。

1. 毎日遅くとも八時までには起きて、朝ごはんを食べる。

2. 毎日一度は外に出て、体を動かす(散歩、筋トレなど)

 

1. について

結論から言うと全く達成できなかった

8月10日あたりまでは毎朝起きられていたと思うが、それ以降は全然ダメ。寝つきがとにかく悪く、明け方まで寝られずにグズグズしている日が多かった。以前からの課題でもあるが、一旦生活リズムが乱れてしまうとなかなか修正できない。市販の睡眠導入剤等を導入しようかなと思っている。

 

2. について

こちらに関してはおおむね達成できた。運動の程度についてはガッツリ筋トレした日もあれば数十分ポケモンgoしただけ、という具合に幅こそあるが、八月の一か月間、24時間一回も外に出なかった、という日はなかった。毎日学校なり会社なりに行っている世間の方々からすればごく当たり前のレベルの話なのだろうけれど、留年クソ野郎の俺にとっては大きな進歩といっていいと思う。

出不精体質が払拭されたかというと別にそんなことはなく、一日の大半を「動きたくないンゴオオオオ」と部屋でゴロゴロした挙句、夜になってからノルマ達成のために閉店間際の近所のバッティングセンターに向かう、みたいな日も多々あった。そんなんでも何もせずにズルズルと一日を終えていたいまままでよりは確実にマシなのである。

目標を意識することで自分の行動をよりよい方向に変えることができるのだ、と体験を通じて知ることができたのもよかった。横浜高校の名将渡辺元智前監督も言っていたではないか、「目標がその日その日を支配する」、と。

 

***

 

さて、夏休みも残り2週間と少し、といったところだが、今後は上記の継続に加えて以下の目標を追加しようと思う。

 

3. 毎日図書館カフェ等に90分以上滞在する。

 

具体的に何をするかはとりあえず限定しないことにした。優先順位的には大学の専門に関する勉強が一番だが、気分が乗らないなら別に読書等でもいいかなと。スマートフォンでネットサーフィンするのでなければ最悪なんでもいい、くらいの感じで。

どうやら後学期から研究室に入ることになりそうで、今までよりも格段に忙しくなるであろう毎日に耐えられるのか、という不安は尽きないけれど、とにもかくにも今できる準備をやっていきたい。

 

今期見ているアニメについて浅く語る

珍しく3本も見てるので書いてみる。語彙力もリテラシーも無なのであっさい感想しか語れないのがつらい。

・少女☆歌劇 レヴュースタァライト

ゆゆ式ばらかもんといったマイフェイバリットな作品を生み出してきたキネマシトラス制作のオリジナルアニメということで放送前から注目してた(舞台版と並行展開してるとのことなので、厳密な意味ではオリジナルとは言えないかもしれない)。9人の舞台少女がトップスタァを目指して歌って踊ってバトルロワイヤル、みたいなおはなし。蓋を開けてみると、1話Bパートの超展開&超作画&謎演出にググッと引き込まれ、やべーアニメが始まった!と見事にスタァライトされてしまったのだけれど……。現状そこがピークだったというか、2〜6話は個々のキャラクターの掘り下げがメインでさほどインパクトを感じられなくてうーん、という感じ。今後の話数で地下オーディション等の謎が徐々に解明されていくっぽいので期待したい。個人的推しキャラはクロちゃんこと西條クロディーヌ。真矢クロと双クロで二度おいしい。

 

あそびあそばせ

ギャグアニメ枠。何気なく見た1話Bパートのコナン君パロネタが面白くてそのまま視聴継続。まあそれなりに笑える。前田が絡むネタは打率が高い気がする。メイン3人の中だと華子すごくかわいい。声がクセになる。変顔はムカつく。次点でオリヴィア。GAのノダちゃんとかもそうだけど、髪型がコロコロ変わるのすごくいいですよね。

 

はねバド!

隣枠のあそびあそばせのついでに見たり見なかったりしていたのだけど(そのせいで綾乃の過去に何があったのかいまいちわかってない)、6話7話とかなり面白かったのでいけるわこれ!という気分になってる。特に7話、目の作画と声優さんの演技のおかげで綾乃のやべーやつ感がよく出てていいなぁと。OPEDが爽やかでとても好き。理子先輩かわいい。フレ女のユニフォームは頭おかしい。

留年クソ野郎の小さな決意

八月に入り、以下のことを習慣として続けるという目標を立てた。

 

1. 毎日遅くとも八時までには起きて、朝ごはんを食べる。

2. 毎日一度は外に出て、体を動かす(散歩、筋トレなど)

 

まったくもって低レベルな目標であるが、今までの自分はこのレベルのことですら二週間以上続けられたためしがなかったのでしょうがない。

 

この習慣は、一言でいえば「自分で自分をコントロールできるようになるための訓練」である。

 

今の自分は、「自分で自分をコントロールする」ということについて全く自信がない。これは大学入学以降の長きにわたるクズ生活によって培われてしまった負の自信である。「動きたくないときは動かない、何もしたくないときは何もしない」というひどい習慣を六年以上かけて身に着けてしまったのだ。まったく恐ろしい話である。

 

動けるかどうかは気分次第、という状態をどうにかして変えない限り、継続的に何かに取り組むということは不可能だし、それに伴う成長や価値生産とも無縁であろう。これではあまりに今後の人生に希望がなさすぎる。将来的に何らかの仕事をするのであれば、気分や調子にかかわらず最低限の活動ができる人間にならなければならない。

 

本当は毎日図書館に行って勉強するとか、週三回必ず筋トレするとか、三食必ず食べるなどといったことも習慣づけたいけれど、いきなり詰め込みすぎても心が折れてしまいかねない。ひとまず、「これなら俺でも続けられるのでは?」というレベル感で始めていこうと思う。小さなことからコツコツと(在学期限が迫っているので、あまりのんびりもしていられないのだが)。

 

とりあえず一か月、上記の習慣を何が何でも継続していこうと思う。継続と自己コントロールの成功体験を得ることで、人生をより良い方向にもっていくのだ。やっていくぞ俺は。

 

日記20180509:楽しみにしていた友達との約束をブッチした話

この日は友人と西武vsソフトバンクメットライフドームを観に行く約束をしていた。メットライフドームに行くのは初めてだったし、最近の西武打線の爆発的な勢いもあり、とても楽しみにしていた。別に西武ファンではないけれど(※阪神ファンです)、山川穂高森友哉がバカスカ打つのを見たかったし、前日にはウキウキ気分で球場グルメを調べたりしていた。

 

そうして迎えた当日、僕は布団から動くことができなかった。

 

昼過ぎに目を覚ましたのだけれど、面倒くささに支配された僕はどうしても身支度を始めることができなかった。乗る予定の電車の時刻を過ぎても、試合が始まる時間になっても、動くことができなかった。最終的に、友人に「すまん行けそうにない」みたいなLINEを送った。球場に取り残された友人は、プロ野球チップスをつまみながら、完封される西武打線を一人寂しく眺めることになった(本当にすみません)。チケット代ももちろん水の泡である。

 

***

 

こんな感じで人との約束を破ってしまったことは過去に何度もある。サークル仲間との草野球、勉強会のミーティング、姉の結婚式、等々。楽しみなことでも動き出すまでは腰が重い、ぐらいに感じることはわりと誰にでもあることだろうと思うが、実際にブッチをかますところまでいく人はあまりいないのではなかろうか。布団の中で、動き出すことで得られるであろう喜び、約束を破ることで相手にかかるであろう多大な迷惑などに思いをめぐらせていた。しかしそのような想像だけでは、面倒くささに支配された僕を外へ向かわせるには至らなかったのである。

 

動ける大勢の人々と動けない僕を分け隔てているものは一体何だろう?甘えだろうか?精神的な欠陥だろうか?原因の究明とその解決がなされないことには、これからも僕は約束を幾度となく破るだろうし、周りの人々に迷惑をかけ続けてしまうだろう。無意味な裏切りを繰り返せば、人々からの信頼のみならず、人間関係そのものまで失ってしまうに違いない。そのような痛みを伴わない限り、自分は変わることができないのだろうか?

 

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改めて、今回誘ってくれた友人には本当に申し訳ないことをしたなあと思う。彼とはまた今度、ナゴヤドームに行こうという約束をしているので、そのときは付け焼刃的にでも約束を守るための策を講じていきたい。とにかく、家で一人になっているときに動けなくなると危険なので、それを回避しなければならない……こう考えてみると、やっぱり一人暮らしをやめるのが現状を打破する最善策なのかもしれないなあ、と思ったりする。誰かルームシェアしませんか。

日記20180428:やる気スイッチ

明け方ごろに一度目を覚まし、そのあとはいつものように布団から動かずに寝たり起きたりを繰り返していた。今日もこのまま、昨日までと同じように何もせずに過ぎていくのだろうなぁ……などと感じていたのだが、12時過ぎに目を覚ますとなぜかやる気スイッチが入っていた。起き上がり、そこから三十分で、ここ数日めんどくさくてサボり倒していた髭剃り・シャワー・歯磨きを一瞬でこなす。その流れで外出し、昼過ぎからではあるけれど、人間的に活動することができたのだった(具体的には、筋トレしたり、ポケモンGOラティアスを狩りまくったり、銭湯に行ったりするなどした)。ごはんも三食食べることができた。

 

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今日のように、無気力状態から有気力(?)状態への遷移は、自分の場合全くもって唐突である(逆も然り)。やる気スイッチというものがもしあるとすれば、自分のそれは自分では押せない場所に付いているらしい(他人に頼んで押してもらうことが出来るのかどうかは検証の余地がある)。大体の場合、眠っている間に、数日に1回ランダムにオンからオフ、オフからオンに切り替わっている、そんなイメージ。やる気スイッチを常にオンに保つようにするか、オフになっていても最低限のことをこなせるようになるか、まあ後者の方が有力かなあという気はする。

 

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いずれにせよ、自分のケツを叩いてくれる何らかの仕組みのなかに自分を組み込んでいく必要がありそうだ。今の身分はあまりに自由すぎてよろしくない。誰か俺を拘束してくれ。

 

 

 

 

 

近況とか考え事

今年進級できないと在学年数超過による除籍が確定するわけだが、危機感や焦りにかられて生活を律するようになる、みたいなことは現状全く起きていない。概ね予想できていたことではあるけれど。今までできなかったことが急にできるようになるための根拠みたいなものが自分の中にあれば変わったのかもしれないが、結局何もできないまま新学期を迎えてしまった。

 

そういうわけで、相も変わらず漫然と引きこもるだけのクソみたいな日々が続いている。大学の授業は週3であるのだけれど、ここ2週間は週1回しか出ていない。授業に出ずに何をしているのか?何もしていないのである。もう何年も大半の時間を引きこもって何もせずにすごすだけの生活が続いている。動きたくない、何をするのも面倒くさいという気持ちに支配されながら布団の中でスマホポチポチ、そんな毎日。

 

そりゃあ大学卒業したいとは思っているし、卒業できなかったあかつきにはただでさえ終わってる自分の人生はますますオワオワリとなってしまうであろうことも分かっているつもりである。しかし、このような認識を持ったところで、特に自分の行動がいい方向に変化するというわけでもない。まだまだ危機感が足りないということなのだろうか。そもそも危機感って何だろうな、とか考える。それは自然発生的に生じるものなのか、能動的に抱くべき感情なのか?

 

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2X歳にもなって、未だに自力で人間的な生活を送る力がない。金銭的のみならず、精神的にも。世の中の人々は毎日朝起きて三食食べて夜に寝ていてすごいなぁと思う。そういうまっとうな生活を維持できる力があれば、俺にも人並み程度には仕事なり勉強なりできるのではないか、という気はする。なぜ世の中の人々は自律する術を心得ていて、自分はそれを学び損ねてしまったのだろうか?

 

自分に自由そのものが向いていないのだろうか、と思うことがある。そもそも自由というのは向き不向きで考えるべき概念なのだろうか?一般的に、自由を享受出来るのは良いことだと認識されているように思う。1人暮らし大学生という自由な身分を楽しめない、誰かに管理されないと生きていけそうもない自分はやはり未熟な人間なのだろうか?それとも単に自由に向いてないというのは資質の問題に過ぎないのだろうか?

 

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 色々考え事を文章にしてみたものの、最終的には自分では答えの出せない疑問に行き着くわけで、モヤモヤはモヤモヤのままだなぁ、と感じる。

明日は大学はないけれど、朝起きてご飯を食べて、筋トレに行くくらいのことはしたいなぁ、と思っている……明日の朝起きたとき、脳が面倒くささと動きたくなさに支配されていなければ。